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原爆体験記 
木下 貫一(きのした かんいち) 
性別 男性  被爆時年齢 45歳 
被爆地(被爆区分) 広島(入市被爆)  執筆年  
被爆場所  
被爆時職業 一般就業者 
被爆時所属 木下石鹸工場 
所蔵館 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 
戦争が一段と激しくなり子供、老人、病人は田舎へ疎開せよとの達しで、私方も老人夫婦と次男の小学校五年生が田舎(市内より二〇キロメートルの処)親類へ疎開をしていた。長男中学二年と妻は市内の家に残っていた。当時中学校生徒は建物疎開の作業に学徒動員として毎日出る。然し既に其の頃はお米が不足。尚他の食品も不足で子供も弁当は殆んど大豆粕や馬鈴芋ばかりであった。

時あたかも昭和二〇年八月六日午前八時一五分。B29の空襲であの恐ろしい原子爆弾が広島市の上空で爆発し、一瞬にして建物及び凡ての物体は爆風と同時に火の海となり廃墟と化した。勿論人体も焼けただれ真黒となり、中には手の皮がむげて垂れ下り顔も誰れ彼れと見わけが付かない有様である。

広島市は川の多い処で水を求めて多くさんの人が川に浮んでいる。一瞬時に何十万と言ふ多くの死人。手の施すこと不可能である。疎開先の私は丁度家の外にいたが、其の時胸を押し付ける爆風と、其の瞬間に音のする広島市内の方を見る。「きのこ雲」が出来、其の異様の有様に驚きこれは迚(とて)も只事では無い事を直感する。直ちに広島市内に居る家族の様子如何かと野山を越へ、段々と広島へ近づくにつれ急に青天が雷と光と大雨が起る。此の有様は広島市内と周辺丈けの出来事なのである。他の方面は晴天である。

段々と家に近付く途中、道路は残骸で歩行困難である。行く行く死体は至る所にあり、生残れる者は苦しみの中から私に水を求めていたが、余りにも多数の人、自分としてはどうして良いか誠に只々呆然としているばかり。然し一層家族の事が気にかかり、最早や正常な人間ではなくなり自分さへ良ければと云ふあさましい心でした。早く皆んなは家はと気は急ぐばかり。漸く家に来て見れば家も、工場も人は跡形もなく灰となり、あの丈夫な土蔵も崩れ落ちている。妻も長男の姿は無い。

当時戦事災害を受けなれば避難先は通達されていたので、早速其の方面へと行く。其処は学校である。多くの死体や半死半生の人、我が家族はと尋ねるが見当らぬ。ああいないのかと校門の処迄出て何度も出たり這入ったりした。其の時、神仏の引合せか一人の女性と出会ったが、私には判明がつかない。其の時お父さんと声をかけて下れ、私はいきがつまり暫し只お互いに顔を見るのみでした。気を取りもどし妻の無事なる事にまあ良かった良かったと云ふばかり、あとは声が出ませんでした。妻の顔は真黒で油土や麦わらが耳に立ち込み、血は流れ、手、足は焼けただれ着衣はぼろぼろに成って「けろいど」いる。早速疎開先へ急ぐ。日は暮れたので途中遠縁の家で一泊を御願ひした。然し此の御家の御主人も行方不明で心配され、一晩中帰へられるを今か今かと待って居られた。明朝リヤカーを借りて連れ帰った。親類の者たちは変りはてた妻の有様を見て驚くやら泣くやら、まあ生きていて良かったと大騒ぎ。近所の医者に診て貰うけれど、薬は最早や品切れ。きゅうりの汁を油を付ける位いの事。状態は悪くうじがわく様な事であった。長男はと妻に聞くと、学徒動員で小網町方面の家屋疎開に行って帰ってこぬと云ふ事で、早速父と共に探しに己斐方面に行く。己斐小学校に多くの死体を集めて焼いている光景を見た。余りに沢山の死体なので穴を掘って火葬にしていた。死体は全く判別が出来ない。何処に息子はいるか気がいらいらするばかり。又朝が来るが帰って来ない。又探しに広島へ出る、何度か繰り返すがさっぱりである。然し何時突然帰る事があるかと一ツの望みもあった。

あの重傷の妻もいろいろと手当の御蔭げで何んとか生き残る事が出来、尚現在丈夫な体となり喜んでいます。帰らぬ息子の事、胸よりはなれた事はないのです。

然し、現在今以て病床で苦しんでいる人、多数有り。体験者でないと想像もつかない事です。二度とこの様な残酷は出来てはならない。平和である事を祈るばかりです。妻が申します、最早や息子は帰らないが国の為めに努力した為め、勿体なくも神として靖国神社へ祀って貰って居ると安心しています。

                        木下貫一
  

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