６日の朝は何時もより早く起き、８時前にはもう部隊に出勤していた。私達写真班７人は凱旋館の前庭で朝の訓示を受けていた。暫らくして突然、強烈な黄色い光が目の前に拡がり、ドンと腹にこたへる轟音が。一瞬その場に伏せた。しばらくして頭を上げると建物の中にいた者が窓ガラスの破片で顔、頭を切って血だらけになり悲痛な悲鳴をあげていた。しかし爆撃を受けた様子もない。
写真室に帰って見ると棚が落ちている。ほとんどのガラスが割れている。「これはかなりの大きな爆発だな」と思ひ、段原にあった兵器廠か、皆実町にあるガスタンクの爆発だろうかと話し合った。それもつかの間のこと、市内の方向に黒煙が立ち昇り空は入道雲が幾重にも重なったような不気味な様相に変っていた。時が経つにつれて市内各所が大火災となり壊滅的な打撃を受けたことが伝わった。参謀部の酒井中尉が命令で「市内の居住者は帰宅せよ」と伝えてきた。私は皆実町に母と義姉、平野町に実姉がいたので、まず司令部を出た。その頃すでに表通りには負傷者が続々避難して来ていた。真黒に脹れあがった顔、ザンバラ髪、ボロボロに焼けた服など、文字通り幽鬼の群が続いていた。電車通りは港に向う負傷者で埋っていたから国鉄の宇品線に沿って歩いた。皆実町の家は少し傾いたぐらいであったが誰もいない。隣近所も人影がない。タンスが裏庭に吹きとばされていた。私は平野町の実姉に行くことにし、電信隊の前を通って比治山橋まで行ったがそれ以上は火の海でとても行かれずそこで前日楠木町へ変った下宿先へ向った。比治山の西側道路も通れず比治山の裏側の段原町を通り水をくれ、水をくれと呼ぶ声、水槽の中に首をつけて死んでいる婦人、至る所に子供が虫の息で倒れて家の下敷きになっている人、死者の中を泳ぐ様にして歩いた。私は、ガタルカナル、ブーゲンビルで多くの悲惨な戦状を見てきたが、それどころではない惨状である。私は下宿先に帰るのを諦めて宇品の司令部へ引返した。翌７日午前中は、司令部に殺到した負傷者収容作業につき、似ノ島に収容する死亡者の運搬ならびに負傷者の救護にあたった。午后は収容所の活動状況を撮影のため似島に渡り多数カメラにおさめた。軍医の指示により焼けたゞれた負傷者や一ヶ所に集められた死体などを次々撮影した。８日、早朝より姉を探しながら市内に入り被服廠、広島赤十字病院、福屋百貨店、袋町国民学校などの収容所へ行った。
兵隊さん水下さい苦しい苦しいと訴える小年の姿、半裸の女学生、無ざんな姿の被爆者、ファインダーを通して見るとき、いつもの冷静さではいられなかった。母を探しながら平野町に行ったとき、比治山の橋の下にたむろしている虫のいきの被爆者、群、母の名を呼び続けたがついに見当らなかった。三次から出て来た兄と２人でさらに母を求めて焼跡を歩きまわったが、これも徒労に終った。現在のまゝ行方不明であるが、西練兵場で火葬するために集められた死体の山ノ中に、あるいは富士見町に集められた死体の山の中に探す母がいたのではないかと思われる。私は昭和１９年春ヒリッピンより帰国、サイパンに行く様命令されたが！暫らくして玉砕したので取り止めになった。母は私の身替りになったと思われる。
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