私の人生の中で原爆は、無惨で残酷で地獄の苦しみでした。私は、宇品の広島県病院の近くにその当時から住んでいます。
八月六日の朝早く、私は、主人と石井さんが義勇隊員として建物疎開に行くのを見送りました。そして八ヶ月の長男を寝かせ、前日に隣組の預金通帳を集めていたので整理を始めた頃でした。
ドーンという音とともに、目の前は真っ暗になり、息苦しい時間が過ぎました。息子が火が付いたように泣きだし、慌てて抱き上げると血がポトポト落ちました。驚いて頭をさすったり体をいらったが異常はなく、よく見ると私の左腕に大きなガラスの破片が突き刺さっていました。
爆風のため壁は全部落ち、ガラス戸はこなごなにめげ、ふすまは風圧で向かい合って、ポッカリと穴が空いていました。整理していた預金通帳が無いので、廻りを探して見たら、風圧で畳が浮いたのか、全部畳の下にありました。未だに通帳がなぜ畳の下に入ったのか、不思議です。
息子を前に背負い、背中には食糧や重要書類やオムツを入れたリュックサックを背負って外に出ようとしました。ところが、畳の上は壁やガラスの破片があり、はだしで歩くことが出来ませんでした。とまどっていると、近所のお兄さんが「小田さん、無事ですか？」と声をかけて下さったので、下駄を取ってもらい、やっと外に出る事が出来ました。外に出てビックリしました。見渡す限り屋根や窓ガラスが全部無くなっていました。私は、大型の爆弾が落されたのだと思いました。
外に出て初めて出合った人は、エントツの中から出て来た様に、まっ黒でした。顔や手足にやけどをし、手の皮がぶらさがって、着ている服が襟とか腰ひもという厚い部分の所だけが残り、あとは焼けてボロボロになり、服を着ているとは思えぬ哀れな姿でした。たくさんの人が家の前の中央共済病院（今の県病院）に来られるのをみて「ただ事ではない。」と思いました。
「無事であって！」と祈っていた主人は、わが家に見るも哀れな姿でヨタヨタと帰って来ました。主人の父が畳の上の壁やガラスをスコップでのけ、ようやく主人の体を休ませる事ができました。そしてボロボロになった軍服を脱がせようとしました。だが全身が血やヤケドのため困難でした。服をハサミで切り取り、やっと脱がせることが出来ました。その時の焼けくさい臭いは、今でもはっきり残っています。
チョロチョロと出る水道の水で体を拭き、白いシーツをそおっと体の上にかぶせ、急いで知り合いの看護婦さんに薬をもらいに病院に行きました。
その病院の正門には、たくさんの重傷の人が手当てを待って横たわっていて通路も無いくらいでした。息もないような人達も多く、お化けのような人達の中をより分けて通っている時です。私の足をつかんで「奥さん、水ください。水ください。」と、声をようやく出しながら言われました。しかし主人の手当てのために「早く薬をもらって帰らなくては！」と心を鬼にして「ちょっと待ってください。」と言いながら、薬をもらって急いで帰りました。体がぶるぶる震えたのを覚えています。主人の手当てをして、先に見た光景が忘れられず気になるので、こわれた水道から、ちょろちょろと出る水を、大きな茶ビンに入れ駆けつけて行ってみると、先程まで声が出ていた人は静かに亡くなっておられました。残念でなりませんでした。
市内の中心部は連日、燃え続けていました。それを目指して又、爆弾がおとされてはと、八月九日、主人のお父さんが、舟を借りてきてくださり、能美に引き上げる事になりました。宇品から鷹野橋を過ぎ明治橋にかかる所に、人が手を上げて黒焦げになって立ったままの姿がありました。又ぶくぶくに腫れて死んでいる母親の傍で無心にお母さんのオッパイを吸っていた乳児を見ました。でも何もしてあげることが出来ませんでした。今でも心残りです。あの子は、どうなったのでしょう。
私達は、川の中でプカプカと浮いて亡くなっている沢山の人達の間をぬって舟で能美島へ渡りました。今思っても、その光景はぞおっとします。
島に落ち着いた私は、主人の治療に専念しました。夏のためうじがヤケドに湧き、毎日、箸で取らなくてはなりませんでしたが少しづつよくなってきたように見えました。
八月一五日、終戦。その夜から明かりをつけてもいい事になり喜びました。息子と主人の看護が明かりの中で出来るのは、何とも嬉しい事でした。
八月一七日。「明日は長男を抱くことが出来る。」と喜んでいた主人でしたが、一八日の朝、突然、帰らぬ人になりました。ヤケドも良くなったのに「どうして！」と残念でなりませんでした。
私は、その後四〇度近い高熱が出て、髪の毛は抜け、オッパイも出なくなり、それは、それは口で言い表すことのできない苦しみを味わいました。
私の兄は被爆から何年も経って白血病になり、目・鼻・耳から出血し死にました。
原爆の苦しみは、私の心から消すことのできないものです。二度と戦争を起こさないで欲しい。そして核兵器のない地球にして下さいと全世界にお願いしたいです。 |
