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被爆について思うこと 
匿名(とくめい) 
性別 男性  被爆時年齢 5歳 
被爆地(被爆区分) 広島(直接被爆)  執筆年 2005年 
被爆場所  
被爆時職業 乳幼児  
被爆時所属  
所蔵館 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 
前略

広島、長崎に原子爆弾が炸裂してから六〇年になりますが、私は、つい先日の様に感じております。当時の事を思い出す度に非常に腹が立ちます。なぜならば小生は家長の長男として誕生し家族の皆んなに可愛がられて生活していたのを五才でも記憶に残っています。ところが昭和二〇年八月六日の朝、広島の空に閃光が走りたまたま庭で光を見ましたのですぐ家の中に入って間もなく下敷になりましたが奇跡的に助かりました。一二才の従兄弟に助けられ、祖父は勤労奉仕の作業中に被爆し全身やけどで一週間後死亡。父は役所に勤務中、爆心地の近くで被爆し一ケ月後死亡。叔母は当時二二才独身で立町の被服工場で仕事中女性全員、当日死亡。祖母は二年後の昭和二二年原爆症が出て他界。ですから小生は孤児同然、以後叔父に育てられましたが中学校を卒業する迄虐待を受け乍ら生活して来ました。なぜ私がこんな人生を送らなければいけないのか、当時はいつも考えていました。

同窓会に出席してもクラスメートが、お前良く悪の道へ行かなかったと言います。

私の家族が国に対して悪い事でもしましたか。小生六五才になりますが、想い出すと今でも涙が止まりません。

今迄の日常生活で親のいない不自由さ、又世の中の差別を感じ乍ら頑張って来ましたが老後の生活の心配や不安が消えません。

日本国、総理大臣にお願い申し上げます。絶対に戦争はしないで下さい。

小生、息子も娘も孫もいます。私の様な体験は二度とさせたくありませんから。永遠に平和を。

                          草々

平成一七年一一月吉日
  

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