八月六日
げんばくきねん日
六十二年日になります。
思い浮べれば胸が一ぱいになります。
私は学校より「がくとどういんでいきました。十五才でした。」先生が向井さんは広島の藤川製こう所に、いってもらふ。私は先生にいやですといったら叱られました。せんそうしていたから、しかたなしで泣きながら母にいいました。
友達もいった。
今思い浮かべればなつかしく、かんじます。
おそろしい、げんばくきねんびが来ます。
八月六日、
私は看ごふおしていました。
友達とえいがを見にいくといって、やくそくしました。
りょうにはいって、いました。
朝のてんこが終り部屋にはいって服を着ていました。
すると空は飛行機がとんでいました。
B29の飛行機でれんの上をとんでいました。
りょう長さんがばくだんがおちた。
早くぼうくうごうに、はいれとの事でした。
私は二階のまどから飛んでぼうくうごうに行った。
※ 和田花子さんの「花」の字は正式には「十十」の下に「化」ですが、外字のため、「花」と表示しています。 |