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被爆体験について 
西宮 健太郎(にしみや けんたろう) 
性別 男性  被爆時年齢 21歳 
被爆地(被爆区分) 広島(間接被爆)  執筆年 1995年 
被爆場所  
被爆時職業 軍人・軍属 
被爆時所属 海軍潜水学校 
所蔵館 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 
私は旧海軍潜水学校の教員として広島県大野村田津岡の分校に居りました。当日朝食後ピカッと鋭い閃光があり大音響後キノコ雲を見ました。

午後分隊集合があり分隊長より広島市に特殊爆弾が落され死傷者が多数出たので収容所の大野浦国民学校へ負傷者の収容、介護、死亡者の移送等に当ることになりました。

講堂に収容した殆どの人がヤケドで目鼻口以外は包帯を巻いた異様な姿で、医者、看護婦も手の施しようもなく水々と水をほしがり力尽きて次々と息を引き取り生視するに耐えられない惨状。あの光景は脳裏に焼付いています。収容作業数日続けました。

私は直接被爆者ではないことと戦後生活に追われ働くことで精一杯でそれほど気にしていませんでしたが頭髪の抜けるのが心配でした。又一〇年位前より高血圧と心臓病で毎月一度は通院加療中です。

被爆後今年で五〇年を迎え世代交代も進んで居りますが日本が今日の繁栄を築いたのはこの間常に平和であったことが最大の原因と思ひます。多数の戦争犠牲者特に原爆で亡くなられた方々の上にあることを思いひ核廃絶及び不戦の決意を一層新たにし永遠の平和を願っています。
  

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