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戦後、50年の証言 
重田 政江(しげた まさえ) 
性別 女性  被爆時年齢 16歳 
被爆地(被爆区分) 広島(入市被爆)  執筆年 1995年 
被爆場所  
被爆時職業 生徒・学生 
被爆時所属 看護婦養成所 
所蔵館 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 
戦後、五〇年の証言
 
八月六日の朝八時頃ピカと光ったはるか広島方を見ると空にけむりがこんもり白いラッカサンの様な物が二ケ見えた。私は当時広島海軍病院の調剤室に勤ムして居りました。とっても良い天気でした。
 
其の後二~三時間して病院にげんばく患者さんが運び込まれました。
 
私達は翌日から救護班をのせて広島入りした。
 
トラックは焼け残った本校の前で止まった。
 
救急医療器具持参広い講堂に入ったとたんにプーンと鼻をついたあの悪臭は五拾年たった今でも当時の光景を思い浮かべる時条件反射のようによみがえる。被爆者として看ゴ婦として、げんばくを生き抜き、現在は主人が病弱の為主婦兼看護にはげんで居ります。
 
私方は高血圧と其の他がありますがまあまあと云ふ処です。
 
ではかんたんですがこれにて失礼致します。

 
追加
 
看ゴ学校養成所学生でした。
                                                           以上
                                                            
                                                                                                                                     

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