前略御免下さいませ。
初めて御書信申し上げます。
いつも私如き者に、やさしくして頂きお世話ばかりなっていて、又多大のごめいわくをおかけしております事深くお詫び申し上げますと共に、伏して感謝申し上げます。
先月(八月)の診察をして頂いた時にお話しをしておりました、私の原爆体験記を書いてましたので、何にかの全ての御参考にまでして頂ければ嬉しく思います。
私が原爆病院入院中、書いておりました日記を元にして、まとめ上げましたが、書きあげれば何枚とも数知れずキリがありませんが、ざーっと、おおまとめにしております。何にしろ、こーゆう執筆は生れて初めての経験でして今までに書いていたものと言えば、職業柄、看護日誌ぐらいのものだけです。全くの素人です。書いていても、四四年前の出来事が、まるで昨日、今日あった如くに思い出されて、一種のサク乱状態となり、又素人の事故、誤字、誤文も多々あり読みにくい点も多くあります事、お詫び申し上げます。
又私は何んの思想的関係、宗教的関係には属しておらず、考えてもおらず思っていません。見てくれての通り普通一般的の者です。こんな私を今まで支えて来たのは音楽です。今は音楽とカメラ、日本画を趣味としています。
只言えます事は、同じ人間同士でありながらなぜ・・・・・私達被爆者は決して天災ではなく、人間が作ってなせる災、人災です。私は同情して頂こうとて言っていません。私は訴えたい。核の恐しさを・・・・・もう二度と私のような人間を作らぬよう私達を最後にして下さい、と生き証人の私が絶叫したいのです。只それだけです。
この体験記は返えしていりません。差し上げます。老若男女を問わず、一人でも多くの人に見せて読んで貰って下さい。破れるまで、破れたら又書きますので、お願いします。
裏表紙に貼ってあります私の白衣姿きれいでしょう。今とは、えらい違い。この写真は私の友達の田縁(タブチ)さんが撮ったもので、田縁さんは長崎の被爆者です。この方の、お父さん(実父)は未だに遺体すら見つかっていない、と言う誠に悲惨な事です。
もしこんな私でも、何にかのお役にでもたてる事がありますれば、よろこんでたたせて頂きたく思いますので、お話し下さいませ。
今後、お世話になりますが、どうかお見捨ておきなく、よろしく御願い申し上げます。
右感謝、御礼、御願いまで。 合掌
九月二七日 ミサキ
滝澤先生
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