昭和二〇年八月六日
小学校中学年以上は夏休みもなく、毎日登校。校庭(中庭)にて朝礼の後履物も無い折藁ぞうりの作り方を習っている最中でした。
ふと青空を見上げると南から西に向かって長い飛行曇を引いて飛んでいる二機のB29をあれあれと見ていた。間もなくものすごい閃光とドーンと言う音に先生の「照明弾だ。ふせろ」と言う声に生徒たちは何がなんだか分らず校庭にうずくまってしまった。先生の誘導でひとまず山の方に向かって歩き出ししばらくして後方を振り返ると見た事もない大きなきのこ雲型を見た時の驚きは怪物を思わせ忘れる事が出来ません。
一時間後それぞれ家路に着いたのですが爆風で家中足のふみ場もない程の有様。その後の道路は焼けただれた多くの人が市内から次々にたどりつき、小学校あたりでは火の手のない事を見届けると今迄張りつめていた気力を失いパタパタと倒れていったのです。
小学校校舎のガラス机、椅子などは片付けられ避難場所となったのです。
校庭の半分は給食用のさつま芋畑だったのですがその日の夜からは身長分の穴をいくつも掘って焼き場と化したのです。
五〇年たった今でも脳裏にはっきりと焼きついています。
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