確か前夜、警戒警報(空襲)のため、夜中の二時頃迄、その任に就いていました。朝仮眠のため二階に上りうとうととしていましたら一瞬強烈な閃光に見舞われたのです。それきり気を失った私は真暗い闇の中でした。どれ位の時間が経ったのでせうか。私の名を呼び続ける声が、かすかに耳に入ってくるではありませんか。
それは地の底から呼び続ける祖母の声でありました。何度も何度も恐らくは渾身の力を振り絞って私を呼んだのではないでせうか。その声で気が付き正気を取り戻した私は正に死から生への第一歩となりました。真暗闇の中で身動き寸分の隙間もなく、家屋の下敷きなった私は敵の恐らくは爆弾にやられた事にやっと思ひを廻らす事が出来ました。祖母の私に助けを求めた呼び声が私を助ける事になったのです。暫く必死の思ひでもがいておりましたが自力ではどうにもなりません。
その中、裏隣の御主人の御家族を探しておられる声が聞えてきました。必死の思いの私は精一杯の声で、助けを求めたのでした。私の声がお解りになったのか御主人は私のほうの救出に御手を延べて戴く事が出来たのです。柱を除き壁土を取り除き途中何度か中断されましたが、何とか暗闇の中から私を引っ張り出して戴くことが出来ました。その間、私の体の左側では炎の燃え移って来るパチパチと言う音に生きた気持ちはしませんでしたが案の定、外の状況は埃と立ち昇る煙と近く迄、燃え移って来る焔の火の手でした。全身血みどろと埃にまみれた裸の私は左脚がさっぱり利かず、祖母の声がしていた方向に向って掘り起しを試みたのですが全々体が言う事を聞いて呉れませんでした。爆風によって一瞬の中に倒壊した家屋は祖母をも生き埋めにしたのです。
その朝、祖母は奥の台所で大豆を炊いて居たようです。結局一番奥の一階が台所であったと言う事は家の一番下になったのです。私は跪いて何度も何度も祖母の方角に向って手を合せました。私は逃げたのです。脚を引きづり乍ら・・・・。そして祖母を置き去りにして・・・・・。
私にとっては悲しい話ですので滅多にはこんな話しはいたしません。話す度に胸が締め付けられるのです。今の命は、祖母の命なのです。
|