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申述書 
横山 清(よこやま きよし) 
性別 男性  被爆時年齢  
被爆地(被爆区分) 広島(入市被爆)  執筆年 1985年 
被爆場所  
被爆時職業  
被爆時所属  
所蔵館 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 
 
申 述 書
昭和60年3月8日
広島市長殿
                                                                                                              氏 名 横山 清
 
私は、昭和20年5月1日に応召。大阪府泉北郡信太山にあった西部第34部隊、陸軍通信隊に入隊しました。(部隊長は小川克己中佐)初年兵として千早隊二班(班長は牧原一夫伍長、中隊長は米本中尉)に配属され3ケ月で1期の検閲を終える訓練をうけて、7月中旬に東京府北多摩郡武蔵小金井に新設された通信隊冨士隊(当時の上官に佐々木玄智兵長)に転属しました。戦局の悪化と共に、本土決戦に備えて部隊が長野県に移動するため8月8日に分遣隊として私の分隊より3名が転属、終戦は長野県篠井町の北側の山の上にある小学校で迎えました。終戦の日に直ちに部隊は現地解散の指令をうけ、私は17日に広島に帰り着きました。

その経過を日を追って申し述べます。

8月15日
私が所属していた分遣隊は隊長の少尉1、軍曹1、上等兵、兵長各1、1等兵2、初年兵5(柴原清夫、都築、根本2等兵他2名)計11名よりなる分遣隊で東京の本隊との連絡任務にあたっていました。終戦の詔勅は兵舎として使用していた小学校の2階の教室で、11名が整列して聞きました。ラジオは軍用の全波受信機だったので天皇陛下の玉音もよく聞きとれました。私どもはすでにアメリカ側のラジオ放送で、広島、長崎が壊滅したこと、日本がポツダム宣言を受諾し、降伏したことをくり返し放送するのを、前日までに聞いて知っていましたが、この玉音放送により日本が完全にアメリカに負けたのだと知りました。約2時間後、東京の本隊より「ゲンチニオイテカイサンスベシ」の無電が入ったと隊長から伝えられ、私どもは直ちに校庭で軍事機密に関する書類すべての焼却を行い、校庭の隅に穴を掘って兵器を埋めました。夕食を終えて暗くなる頃に、小学校の玄関口で別れの挨拶を交わし、隊長と軍曹は本隊との連絡に残り他の全員が揃って篠井駅まで山道を歩いて下りました。所持品は私物の他に米一升、青リンゴ15ケくらいと旅費として30円を各人が分配をうけたのを記憶しています。篠井駅で軍証明書で切符を買い夜行列車に乗車。切符は広島が全滅していることを聞いていましたので、祖父母(横山金太郎、トヨ)の疎開先であった比婆郡西城町の西城駅まで買いました。私が乗車した列車は名古屋行で、兵庫県に帰る柴原2等兵と二人で、他の全員は東京方面に行く列車に乗ったようでした。列車の中はさほど混んでなかったように記憶しています。

8月16日
名古屋で東海道線に乗り換え。この列車はかなり混んでいて、ずっとデッキの近くに立っていました。午後京都駅着、兵庫県の田舎に帰る柴原2等兵と別れ、私は途中下車して高槻市の兄(横山滋)の下宿(高槻市北大手町内海隆■氏宅)に行きました。当時、兄は大阪高槻医学専門学校で勉強中だったのです。ここで内海の小母さんに会い、兄は8月の初めに勤労動員中胸を負傷し、療養のため広島に帰省したということを聞きました。私は軍服を兄の学生服に着替え、京阪電車で京都に帰り、遠縁にあたる京都市上京区等持院北町の高橋無伝氏宅に寄りました。高橋氏の妻が私の長兄(横山高明)の妻の伯母にあたり、長兄はここでよく世話になっていた関係で、私も応召前に学生の時、よく訪れた家です。ここでしばらく休ませてもらった後、京都駅からふたたび夜行列車で広島に向いました。大阪駅、神戸駅では終戦になったので動員解除となったと思われる女子挺身隊員の人達が、郷里に帰るためか多数乗りこみました。

8月17日
9時頃広島駅着。列車がホームに着く前に、日本通運のビルが崩れ落ちているのを車窓から見て驚きました。広島駅で下車したのは5人くらいでした。広島駅は焼け落ちて天井が無く、空が見えていました。外に出るとあたりは静まりかえって音もなく、死の街の中に降り立ったという感じを今でも忘れることはできません。
 
*読みやすいように文字の変換や句読点、送り仮名などを一部補っています。
  

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