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被爆体験について 
加川 イツ子(かがわ いつこ) 
性別 女性  被爆時年齢 15歳 
被爆地(被爆区分) 広島  執筆年 1995年 
被爆場所  
被爆時職業  
被爆時所属  
所蔵館 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 

 
弟が当時、県立工業機械科の中学一年生で動員学徒として、中島本町(広島県庁)附近の建物疎開の作業に行き、被爆しました。

8月6日朝、家を出たのを最後に、夜まで帰って来ません。広島市内へは入市不可能で、被爆者の帰る道筋を探して回りましたが見つからず、翌日から母が入市で探しましたが、疲労で下痢の症状がつづき、動けなくなりました。

姉と私で8月8日朝、広島への入市のルートを探し入市しました。まず爆心地方面に行きましたが、まだ生きている人があり、名前を聞いては焼けた木片で近くにある材木、瓦などに書いて置きました。真っ黒の顔で名前がやっと言える人がたくさんいました。

真夏のことで、また長袖の黒い服を着て歩くしかない交通手段で、9日、10日と連日入市しました。

県立工業で正しい作業場所を聞き、元安川に散乱する防空頭巾から弟のもっていた品によく似たのを見つけましたが、名前が無く、それでも遺品としてもって帰りました。

学童ばかり山のようにして焼いた場所から、四方から骨を拾い、小さい箱に入れて帰りました。

翌日からは収容者名簿をあちこちと探して歩き、結局行方不明と公式に発表されました。

*読みやすいように文字の変換や句読点、送り仮名などを一部補っています。

  

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