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被爆体験について 
山口 勝信(やまぐち かつのぶ) 
性別 男性  被爆時年齢 14歳 
被爆地(被爆区分) 長崎(直接被爆)  執筆年 1995年 
被爆場所  
被爆時職業  
被爆時所属  
所蔵館 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 
NHKの近く、御船町、下筑後町の上の山手で被爆、業火に追われて、西坂町の山づたいに寺町の墓で夜を過し、墓のセコを開けて、その夜の空襲のとき、骨つぼのそばに入った。翌朝五時ごろから、すべて砂漠のように焼けつきてしまった中心地を通って、わが家時津町(当時村)へ帰った。
 
浦上駅の近くで空襲に会い、火の残ったがれきの傍に伏せた。中心地近くの浜口町で黒焦げの人が立ち上って「仇ばとってくれんわよ」と言われた。
 
大橋の近くまで来ると、まだ生きているらしい人達がかなりいた。大橋を過ぎると田んぼの青いのが初めて見えたので、ほっとした。
 
城山町の親戚の家族がわが家に逃げて来たが、一四才の男の子は無傷であったのに九月二日(ミズリー号上の調印式)の日に死んだ。七才の女の子は数ヶ月後やはり死んだ。生き残った城山の家族のために、私達は、その焼け跡にバラックを建てた。リヤカーで材木を何回も運んだ。町は死臭で歩けないほどであった。黒焦げの人が、青い「うみ」でおおわれ、うず高く重なっていた。毎日、粥とさつま芋で過した。 

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