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被爆体験について 
赤名 正市(あかな しょういち) 
性別 男性  被爆時年齢 22歳 
被爆地(被爆区分) 広島(入市被爆)  執筆年 1995年 
被爆場所  
被爆時職業 軍人・軍属 
被爆時所属 中国軍管区 
所蔵館 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 
私は昭和二〇年八月六日、西部三部隊の伝書士として朝の七時三二分の列車で、出雲今市駅より広島軍管区に向ひました。木次線、芸備線に乗り替え、矢賀駅に着いたのが夕方の五時ごろと思ひます。線路づたいに広島駅に来ましたら、火災の最中でした。軍管区に行く任務のため、あちらこちらを歩きましたが、その日は行けず、最終の汽車で十日市まで帰へり、被爆者の人と一夜を明し、明る七日に又広島に行きました。焼けくすぶる市内を死人の間を通り、悪臭の中を軍管区をたずねました。メチャメチャでした。大木は倒れ、馬や人は焼けただれ、見るも無惨なものでした。
 
それ以来、数十回広島に来て宿もなく、テントの中で休んだ事もありました。その内に体中にノミのかんだあとの様なはん点が出て、体はだるく弱りました。
 
一二月に復員はいたしましたが、夜中に鼻血が急に出たり、白血球が減少したりいたしました。
 
直爆を受けた訳でもないのに、こんなにまでも影響があるとは実に恐ろしいものです。
 
まだまだ詳しく記したい事がありますが、紙面の都合上簡単に記しました。悪しからずごめん下さいませ。 

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